閉鎖病棟

僕は、その病室の中にいた。
何度か来ているけれども、何度目なのかは数えていない。
あまり考えたくない事であったし、本当の事を言えばここには来たくないのだ。
窓際には白い服を着た少年がいた。
まだ成長しきっていない体、顔つきからしてそうなのだろう。
頭と片目を覆う包帯が目に付く。そのせいなのか包帯に覆われていない片側の顔の印象が薄い。目鼻口全て存在しているのに、のっぺらぼうを見ている気分になる。
彼は窓を背にしていた。その窓の外は鈍く暗い空が見える。
「近いうちに、俺の望みは成就する」
演説をする様に彼は両手を広げた。その顔は笑っている様だ。
「俺はここから出られる。一巡り待ち望んだ自由だ。ようやく俺は死ぬ事が出来る」
そう、僕は彼の話が嫌いだった。
二、三年前にここに来た時、僕にとって耐え難い事実を伝えた時、彼は微笑って「よかった」とその事実を評価したのだ。
彼と話していつも感じるのは、僕自身のとヴェクトルの向きの違いだった。
僕と彼とでは正反対なのだ。だから、彼の言葉は受け入れ難いとよく感じる。
もう一人、彼と同じヴェクトルを持っている人格を知っている。
それが、自殺したある友人だった。彼の自死というのが僕にとって耐え難い事実である。
友人はそれを人前ではっきりと見せる事は無かった。けれども、話の端々に巧妙に隠されたそのサインに僕は気付いていた。
だから、友人を彼と近づけたくなかった。
彼と会う事でその感情が増幅される事が明確だったからだ。
後で知ったのだが、友人はやはり彼と頻繁に会っていたようだ。
「あれは死ぬよ。その意思がある」
耳をふさぎたかった言葉の通り、友人は自殺した。
窓が一瞬眩く光って、僕の意識は目の前にいる彼を再び認識した。
光に遅れて雷鳴が鳴り響く。
ぶれて、ひび割れた様な映像が僕の目に映る。平衡感覚が失われた様な感覚。
彼の姿が何重に映り、笑った。
「時間の問題だ。終幕は近い」

2010.01.16 |  Short Short Story | Text |  緋衣那 充希

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