Poème En Prose015
「そう、鏡があるとすれば、鏡に映った僕は、いつも独りなんだ。こちら側にいる僕は、君といる。けれども、向こう側の僕には君は居ない。だから、彼はいつも哀しそうなんだ」
「何故、私が映らないの?」
「それは…。君は僕よりもずっと頭がいい。だから…。これ以上は、僕も哀しくなる」
「ごめんなさい。今のは私が悪かった」
「彼は、とても哀しいんだ。だから、彼が哀しいと思うならば、僕達は少しでも楽しそうに笑ってあげたいんだ」
「あぁ。一つの理想の形を見せてあげたい」
「それで、悲しくなる事もあるんだけど」
「そうね。暖かなものって相対的に冷たいものをより冷たくする」
「私が手を繋ぐ時、あなたはいつも哀しさで手が冷たいのね」
「冷たいのが判ってて君は手を繋いでくれるんだろう」
Poème En Prose014
「あなたはそれを怖れている」
「…あぁ」
彼は普段では考えられない程弱々しく頷いた。
「これだけは、どうしても…。それが二十年間黙っていた総ての理由だ」
彼は苦悶に近い表情を作った。
「今でもまだその影は残っている」
「大丈夫」
彼女は立ち上がると、彼の傍に座った。
そして、彼の顔を両手で包み込んだ。
彼は素直に彼女の手を受け入れる。
もう決してそんな事は無いだろうとお互いが思っていた事だった。
二人は自分の目に映る顔をじっと見つめ合う。
こんなにも二人の顔が近付いたのは、彼の言った通り二十年ぶりだろう。
彼女は慈悲深い彼の瞳が好きだった。
彼は彼女の包み込む様な口元が好きだった。
目元や口元には以前には無かった-歳を重ねた-跡があったが、それは、老いていく中でも美しさを損なう事無く、その歳相応の美しさを引き立てていた。
「大丈夫」
再び彼女は呟いた。
「私はあなたを愛している」
再び彼女が美しい笑みを作ると、彼は安堵した様に瞳を閉じた。
「有難う…」
Poème En Prose013
「遠くに行ってみたいね。もっと綺麗なものがありそうじゃん」
「…。馬鹿ねえ」
彼女は顔に掛かった髪の毛を手で払うと窓を開けた。
そして、狭いベランダに出て、空を見上げる。
「今日は良さそう」
ぽつりとつぶやくと部屋の中にいる彼の方へ体を向ける。
「夕暮れ、金色に輝く獅子のたてがみを思わせる雲」
彼女の黒い髪の毛は光に輝いていた。
「風に吹かれて今にも空高く飛び立とうとする綿帽子。闇を越えて力強く産声を上げる東雲、紫の空。あなたは見た?」
「どこで?」
「ここ一週間、生活している中で。朝方ぐっすり寝てるあなたには最後のは無理か」
「…参った」
「ボン。夕方、散歩に行こう。河川敷を歩きたい」
Poème En Prose012
「何をしてるの?」
「あぁ…、きみか…」
「からだが冷たくなってるわ。傘を持ってなかったの?」
「この通り手ぶらだし、ずぶ濡れだからもういいよ」
「だめ。からだに障る。持って。あなたの方が背が高い」
「きみの手、温かいな」
「当たり前でしょ。帰ったらからだを温めないと」
Poème En Prose011
世界は願っても輝かないわ
その手の中にある光で
世界を照らしなさい
Poème En Prose010
「あなたは何を見てきたの?」
「伝えてみて。言葉でも、絵でも何でもいいから。見てきたのなら、欠片でも伝える事が出来るでしょう?」
「ねえ!あなたはその目で何を見てきたの?」
Poème En Prose009
「空が高く見える」
「高い」
「なのに」
「僕は…」
「僕は」
「こんなにも地面を這いつくばってる」
「何て遅いの!」
「重くて鈍い!」
「もっと!速く!高く!さあ!」
Poème En Prose008
彼女が微笑んだ
その事によって
僕は総てを開放される
破顔、一笑
美しき混沌!
「僕は与えよう、君に」
Poème En Prose007
「まずは、上を向く事ね」
「上ってどこ?」
「それはあなたが好きに決めていいわ」
「あなたの好きなところを上にして、そこを目指せばいいの」
Poème En Prose006
「何て確率だろう?」
「状況としては偶然でもない」
「けれども、」
「そう、けれども」
『物語そのものだ!』
彼も僕も笑った。